傘の3つの課題を解決

AB3C事例 匠の傘 みや竹

仕入れ品の匠の傘の販売に限界

みや竹トップページスクリーンショット

輸入雑貨店として明治29年に心斎橋で創業した匠の傘専門店、心斎橋みや竹(合名会社みや竹。以下、みや竹と表記。)。二代目から傘を扱うようになり、4代目の代表、宮武 和広氏になってから傘専門店となった。さらに、平成8年からネットショップも立ち上げ、翌年にはネット通販専業となった。

取扱っている傘は日本の職人傘だ。皇室御用達のブランド、前田光榮商店、小宮商店、ワカオなど、日本の職人傘をご存知の方には名の通った高級ブランド傘を扱っている。

日本の職人傘を求めている方には50代以上の年配者が多い。一本1万円から5万円程度する傘で、一目で良いものと分かるのが特徴だ。これを求めている方が欲しいのは、単なる道具というよりもステイタス感だ。また、年配者なので、百貨店で購入する方も多く、競合と考えたほうが良いだろう。さらには、最近では、多くのブランドが自社でネットショップを持ち直販をしている。こちらも競合だ。

競合の少なかったネット通販黎明期なら、商品の魅力だけで選ばれることができた。しかし、在庫の豊富なブランド直販サイトや、実際に見て触れる百貨店と比較されるいまでは、競合に対する優位性、アドバンテージが必要だ。それが無い状態のみや竹では、AB3Cは成立せず、「選ばれる理由」は皆無だった。

匠の傘を買いたい人のAB3C

自分用か、贈り物か、ベネフィットの違い

AB3Cが成立しないとき、まず考えるべきはターゲットとする見込み客の分解だ。つまり、同じ商品を買う人でも、良く見てみると、その購入の動機(ベネフィット)は異なっている。それぞれの見込み客がなぜこの商品を買うのか、その理由を良く分析して、より自社の強みが活きる動機を持つ人に絞り込むことだ。

や竹の場合で考えてみよう。日本の職人傘の購入者は50代以上の年配層が多いが、一方で年配層から、逆に年配層への贈り物としての需要も多い。具体的には、還暦祝い、退職祝いや、父の日、母の日などである。自分用の購入と、贈り物としての購入では、購入商品の傾向がやや異なる。特に大きく異なるのが、名入れをするかどうかだ。贈り物として購入する場合は、贈り先の相手のために、心を込めて用意しました、ということを伝えるために、名入れを依頼されることが多いのだ。

しかし、傘の名入れには最低2週間、平均すると、3週間もの時間がかかっていた。その理由は、傘のサイズにあった。名入れの依頼を受ける場合、いくつかの名入れ方法があるが、一番多いのはハンドルへのレーザー刻印である。しかし、傘は長さがあるため、一般的なレーザー刻印機には入らない。そのため、名入れ時には、一旦ハンドルを外し、ハンドルだけをレーザー刻印機に入れて名入れし、またハンドルに戻す、という手順が必要になる。そうなると、小売店からメーカー、職人と渡り歩かねばならず、時間がかかることが分かった。これはみや竹で購入した場合だけでなく、ほとんどの匠の傘を通販しているサイトや、さらにはメーカーの直販サイトでもほぼ同じ納期であった。しかし、還暦祝い、父の日、母の日などのギフトシーンを考えると、一般的に3週間も前に発注をする人は少ない。そうだとすると、傘業界は、名入れに時間がかかりすぎるために、名入れ需要を逃している可能性が高い。もしも短納期で名入れが出来るようになれば、これまで購入を諦めていた贈り物としての購入者の多くに購入してもらえるのではないか。

直販を凌駕する「特急名入れ」の企画

そこで、名入れの納期を短縮する方法を考えた。まずは傘からハンドルを外さずに刻印をする方法を考えた。手彫りなどの方法があるが、いずれにしても工程は長く、あまり短縮にならないことが分かった。次に、傘の他の部品に名入れをすることを考えたが、生地に刺繍しては雨漏りのリスクがある、他の部品に刻印するには、結局分解が必要になることが分かった。そうなると、外して組み立て直す、という工程は同じになり、同じ日数がかかることになる。

そんな中で、新しいアイデアが出た。別の名札を用意し、それを括り付ける方法だ。この方法なら、小さい部品に名入れをした後に取り付けるため、時間がかからない。さらに、イニシャルだけなら作り置きも可能だ。これによって、名入れ納期は最短5日に短縮された。

心斎橋みや竹オリジナル名入れ

AB3Cで整理してみよう。まず重要なのは、自分用に匠の傘を買いたい人と、贈り物として買いたい人ではベネフィットが異なるということだ。「喜ばせたい」、「思いを伝えたい」という心情的な価値を求めているからこそ、商品そのものだけでなく、「名入れ」というサービスに高い価値を感じてもらえる。競合をメーカーのネット直販と考えた場合でも、百貨店と考えた場合でも、名入れの納期が短い、というアドバンテージが生まれる。これにより、AB3Cが成立する、つまり「選ばれる理由」があるということだ。

匠の傘を贈りたい人のAB3C

持ちづらい、危ない、を解決する商品開発

ビニール傘が年間1億本売れる理由

日本洋傘振興協議会によれば、一年間で売れるビニール傘の本数は1億本以上だそうだ。ビニール傘はなぜこれほど売れるのだろうか。筆者の経験上、傘を持っていないときに雨に降られたとき、500円程度の値段で購入できるのだから、購入したいという気持ちはわかる。一方で、雨が降りそうな日に、ついつい傘を持たずに出かけてしまうのも、ビニール傘を購入してしまう一つの原因だ。

傘を持って出かけたくないのは、傘は差さないときに邪魔になるからだ。片手にビジネスバッグを持ち、もう片手で傘を持ち歩くと、両手がふさがってしまう。扉を開けるとき、電車に乗るために改札を通るとき、エレベーターのボタンを押すとき、買い物をするとき。傘を差さないとき、傘は邪魔なものなのだ。

「横持ち」の理由は長さにあり

傘が邪魔になる理由は、たんに片手がふさがる、ということだけではない。持ちづらさも問題だ。カバンをはじめとして、通常モノを持ち歩くときは手で握り、手を伸ばして歩く。しかし、傘はそうはいかない。長いので、手を伸ばすと地面についてしまう。

長いので、手を伸ばすと地面についてしまう

そのため、傘を持ち歩くときは、片手で握って腕を曲げて持つか、腕を曲げて引っ掛けるなど、いずれにしても腕を曲げて持つのが一般的なマナーだ。しかし、ずっと腕を曲げていると疲れるし、同時に傘以外のものを持っていたとしたら、なおのこと手が疲れる。

危険・両手が塞がる・折りたたみは面倒

傘の持ち方は社会問題にもなっている。傘が持ちづらいために軸を握って横向きに持ったり、ビジネスバッグの上に横に載せて持ったりする人がいる。後ろの人にとっては、多少離れていても尖った先が自分に向いており、危険を感じる。階段を昇るときはなおさらだ。子供にいたっては、顔の高さに傘の先端が突き出される形になる。傘の持ち方のマナーとして社会では問題視されているが、見方を変えれば、そもそも傘のデザイン(設計)が問題を誘発しているのだ。いずれにしても、解決すべき問題であり、その原因はその長さにある。

それなら、折り畳み傘を使う、短い傘を使う、という考え方もあるが、成人の男性にしてみれば、一般的な長傘の親骨(生地を張ってあるの部分の骨)の長さ55㎝以下ではどうしてもどこか濡れてしまう。雨をよける布部分の面積を狭めず、全体の長さを短くすることが出来れば、問題を解決できそうだ。

傘の発祥の地はイギリス

そもそも、傘はなぜ今のような先端が細長い形状になったのだろうか。現代の洋傘のルーツはイギリスと言われている。もともと雨傘よりも先に婦人用の日傘が普及した。この派生で雨傘が生まれたが、男性には抵抗感があったため、当時男性が持ち歩いていたステッキに近づけることで普及したと言われている。つまり、傘の長さのルーツはステッキにある。

当時はステッキ状でも不便が無かった。なぜなら、当時のイギリスの上流階級は自分では荷物を持たず、荷物は召使に持たせ、ステッキのみを持った。それなら両手が空いているのだから、ステッキは邪魔にならなかっただろう。ステッキ状の雨傘も同様だ。しかし、いまの日本では荷物は自分で持つ。ステッキ状の傘で片手がふさがってしまうのはやはり不便だ。それでも、これまでこの形状が改善されてこなかったのは、洋傘は海外から入ってきた文化であり、業界特有の常識とされてしまっていたのであろう。また、世界的にも、洋傘は同じような規格で作られていることからも、疑問視されづらかったのではないか。

フルサイズショートの開発

前述にもあるが、単純に短い傘であればすでにいろいろある。例えば折り畳み傘だ。しかし、折り畳み傘は生地面積が小さく、フルサイズの傘と比較するとどうしても濡れやすい。また、折り畳み傘は取り出しや畳む作業が面倒だ。他にも、晴雨兼用傘がある。どちらかと言えば、日傘をメインとした構造を持ち、とっさの雨にも使える、というものだ。このタイプも折り畳み傘と同じく、生地面積が小さい。これでは、特に成人男性においては機能が不十分だ。面積を変えずに小さくするには、石突とハンドルを短くするしかない。

しかし、一般的には長傘の軸と石突は一体化しており、比較的石突の短い骨を選ぶことは出来ても、石突を極端に短くすることは難しい。極端に短くするには傘の軸ごと設計し直す必要がある。小さな傘屋にはコストがかかりすぎる。そこで、ハンドルを短くすることを考えた。前回の名入れの課題でも上がったように、ハンドルは取り外しが可能な別パーツだ。この企画を小宮商店へ持ち込み、ご賛同いただき、製造をお願いした。その結果生まれたのが、生地面積はフルサイズで、全長が短いフルサイズショートアンブレラだ。

オリジナルの持ち手
フルサイズショートアンブレラについて

フルサイズショートアンブレラについて (心斎橋みや竹)

ハンドルがコンパクトになったことで、やや持ちづらくなったが、片手で手を伸ばしたままカバンと一緒に持てるという革新的なメリットが生まれた。
これによって、みや竹は、仕事などで荷物を持ちながら傘を持ち歩きたいシーンに対して、以下のような3Cが成立させた。「濡れたくない」ユーザーが求めるフルサイズ傘というニーズと、「持ち歩きやすさ」というニーズの二つを同時に叶える唯一の傘が生まれた。

仕事で傘を使いたい

傘の紛失防止サービス

高級傘を買わない理由

みや竹の仕事を手伝ってから、周囲に意見を聞いてみると、高級な匠の傘が欲しいという方はとても多い。しかし、ほとんどの方が購入を躊躇する。その理由は一万円台中心という高価格にあるのではないかと思ったが、ためらう一番の理由は「傘を失くすのが心配」だということだ。

傘の忘れ物保管状況例

2016年度のJR四国が発表した「忘れ物白書」によれば、電車内の忘れ物で一番多いのが傘だ。
また、JR東日本によれば、忘れ物の落とし主への返却率の全体平均は約3割とのことだが、傘に限定すると、返却率は1割程度にとどまる。保管スペースを逼迫する原因ともなっており、2019年4月1日から、傘の落とし物の保管期間は3か月から1か月になった。このような状況では、傘を無くすことを心配する方が多いのもうなずける。

無くした傘を持ち主に届けるには

みや竹の店主、宮武氏はこの落とし物の傘を持ち主に返却できる方法を考えた。傘に持ち主の連絡先を書き込んではどうかとい考えたが、個人情報保護にうるさいこのご時世では受け入れられないだろう。そこで、自身の連作先を記し、拾得主や、駅の保管所からみや竹に連絡をいただく方法を考えた。手間はかかるが、自身の販売した傘を長く愛用してほしいという想いから、宮武氏にとってはその手間よりも、実現することの価値が上回ると感じられた。

多くのイノベーションの裏には、このような手間やリスクをいとわない経営者の姿勢が潜んでいる。従来から自明の課題であり、解決方法もある程度想定できるが、手間やコストとのバランスを考えると、やっても利益が出そうにないので、だれも本気で取り組まないのだ。このグレーゾーンがチャンスだ。それでも、課題を解決しよう、損をしてでもやるべきだ、という価値観が新しい取り組みを生み出し、「選ばれる理由」を生み出すのだ。

模倣困難性を高めた2手目

傘に連絡先を記載しようと考えたときに、前々回に紹介した名入れサービスの際の課題解決が活きた。名札を付ける方法がそのまま使える。そのため、名札の裏にみや竹の連絡先と、傘IDを刻むことにした。これなら、コストと時間をかけずに傘IDサービスがスタートできそうだ。IDの登録、管理の方法や、お問い合わせの受付体制など、考えなければならないことがいくつかあったが、いずれも大きなコストをかけずに解決できることが分かった。競合他社にも出来ないことではないが、このサービスだけのためにやるには手間がかかる方法だろう。

AB3Cの整理

高級な匠の傘を購入しようとしている人にとって、AB3Cは以下のようになる。

高級傘を買いたいが、なくすのが心配

高級な傘を買おうと思うとき、多くの人が失くすことを心配している。それに対して、失くしても回収できる可能性が高いと思ってもらえれば、購入意欲は高まるだろう。贈り物として考えているシーンでも同じだ。

他の傘の販売店だけを競合と考えるなら、この紛失防止サービスには優位性がある。しかし、競合が社外の紛失防止サービスを利用してセットで提供する、もしくは消費者が自ら紛失防止サービスを組み合わせて利用することも考えられる。そんな場合でも優位性は成り立つのか。例えば紛失防止サービスMAMORIOだ。失くしたくないものに電波を発信するデバイスを取り付けることで、紛失時にはデバイスから発信される電波をたどって、紛失物を発見できる。しかし、このサービスの難点としては、紛失したくないもの一つ一つにデバイスを取り付けなければならないことや、電波をキャッチするには紛失物の周囲に電波をキャッチできる装置が必要なことだ。今のところ、JR東日本では51駅に設置されているが、現時点では、どこでも見つけられるとは言い難い。同デバイスを持つユーザーが近くを通ると通知される、という機能もあるが、これも本格的に機能させるにはデバイスの普及を待たなければならない。みや竹の取り組みでは、忘れ物に気付いた駅員や紛失物の預り所の担当者にチャームの連絡先に気付いてもらえれば良い。連絡さえもらえれば、あとはみや竹が持ち主に預かり拠点の連絡をするだけだ。すでに確立されている社会インフラを利用できることで、みや竹の投資も少なくて済み、サービスの普及や利用に負荷をかけない。双方にとって導入しやすいサービスだろう。

3つの取り組みが生んだ新しい価値

これまで3つに渡って、匠の傘専門店 みや竹のイノベーションについてご紹介してきた。
一つ目は短納期低コストの名入れサービス。2週間の納期を5日に短縮することで、特に名入れ希望が多い贈り物の購入シーンで「選ばれる理由」を成立させた。 二つ目は、持ち歩きの負担が少ないフルサイズショートアンブレラの開発だ。一般的にメーカーでない場合は商品開発によって「選ばれる理由」をつくることは珍しいが、小宮商店の協力を得て実現した。そして三つ目が今回の忘れ物ID登録サービスだ。

小規模な傘の販売店でもここまでのイノベーションが出来る。繰り返しになるが、小規模事業者のイノベーションに必要なのは、業界や社会の課題を解決するという視点だ。既に明らかな課題であれば、その解決方法に対する注目度も大きくなる。自分自身で市場をつくる必要は無く、課題を解決してほしい人たちの市場に価値を提供するだけだ。消費行動が複雑化したことで、特定の集客方法だけで十分な売り上げを得ることは難しくなった。だからと言って、集客に力を入れるのもコストがかかる。だからこそ、集めるより集まる、の視点で、課題の発見から始めるのが良い。